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東京地方裁判所 平成11年(ワ)14140号 判決 2000年5月31日

原告

河﨑久男

ほか三名

被告

ヤマト運輸株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告河﨑久男に対し金九五六万二六九九円、原告河﨑稔に対し金二六六万四二九五円、原告河﨑礼子に対し金二六六万四二九五円、原告大貫柳子に対し金二六六万四二九五円及びこれらに対する平成一一年七月四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(一部請求)。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  事故の発生

(一) 日時 平成一〇年一二月二四日午後二時五五分ころ

(二) 場所 栃木県大田原市親園四六三番地先T字路交差点(以下「本件交差点」という。)。内

(三) 被告車 成田純子(以下「成田」という。)が運転し、被告の保有する普通貨物自動車

(四) 原告車 河﨑勝美(昭和九年六月五日生、六四歳、甲三の1。以下「勝美」という。)が運転する足踏み式自転車

(五) 事故態様 宇田川方面から佐久山方面に向かう道路(以下「本件道路」という。)を走行し、本件交差点を直進進行しようとした被告車が、実取方面から本件交差点内に進入して宇田川方面に右折進行しようとした原告車と出会い頭に衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  原告らの相続

原告河﨑久男(以下「原告久男」という。)は勝美の夫、原告河﨑稔(以下「原告稔」という。)、同河﨑礼子(以下「原告礼子」という。)及び同大貫柳子(以下「原告大貫」という。)は勝美の子である。

3  被告の責任

被告は、原告らに対し、運行供用者責任に基づく損害賠償責任を負う。

4  勝美の損害

勝美に発生した損害のうち、治療関係費は三四万八三四〇円である。

5  自賠責保険金の受領

原告らは、本件事故によって生じた損害のてん補として、自賠責保険金二三六三万〇二九〇円を受領した(原告らは、相続分に従って右保険金を受領した旨述べるが、自賠責保険金は本件事故によって生じた損害をてん補する目的で給付されるものであり、被害者が死亡した本件では、被相続人である被害者の相続前の損害及び近親者等の固有の損害に充当して算定すべきである。)

二  争点

1  本件事故の態様と成田及び勝美の過失割合

(一) 被告の主張

勝美は、手を負傷していながら原告車を運転し、優先道路である本件道路に突然飛び出して来たため、被告車の左前部に勝美及び原告車が衝突したものである。本件道路を佐久山方面に向かう車両からは原告車が進行してきた道路の交通状況はブロック塀の存在等により極めて見通しが悪く、このような道路からの突然の飛び出しは自殺行為ともいうべきである。他方、速度制限が時速六〇キロである本件道路を時速約四〇キロで走行していた成田は安全運転を遵守していたのであるから、本件事故の発生に対する勝美の過失は重大である。したがって、少なくとも七割の過失相殺をすべきである。

(二) 原告らの主張

被告の主張は否認する。

勝美は本件交差点に入る前に一時停止し右方向の被告車を現認したが、被告車との距離及び速度を誤認し先に通過できると判断して本件交差点に進入したものの、原告車の前輪が本件道路の中央線を超え、自転車中央部も中央線を超えようとしていたところに、前方を注視していなかった成田の運転する被告車の右前部が右方向を向いていた原告車前輪に衝突し(第一次衝突)、その結果、勝美を乗せた原告車が左方向に回転し、被告車の左前部が原告車の中央部に乗っていた勝美に衝突した(第二次衝突)ものである。

2  損害額の算定

治療関係費を除く損害額に係る原告らの主張は以下のとおりである。

(一) 勝美の損害

(1) 逸失利益(請求額 四六四六万六〇八七円)

ア 稼働による逸失利益

勝美は同居していた原告久男の叔父操の介護を中心とした家事労働を担い、この労働を金銭評価すると、一日当たり一万五〇〇〇円となるから、逸失利益の算定の基礎となる年収は、右金額に三六五を乗じた五四七万五〇〇〇円とすべきである。

また、生活費控除率は、三〇パーセントとすべきである。

さらに、中間利息控除率については、近年の低金利状況を考慮し、二パーセントのライプニッツ係数を用いるべきであり、労働可能期間は一二年である。すると、以下のとおりとなる。

五四七万五〇〇〇円×(一-〇・三)×一〇・五七五(一二年のライプニッツ係数)=四〇五二万八六八七円

イ 年金の逸失利益

勝美は、年額四六万三七〇〇円の年金を受領していた。

生活費控除率を三〇パーセント、中間利息控除率は右同様二パーセントのライプニッツ係数を用いるべきであり、余命期間は二三年である。すると、以下のとおりとなる。

四六万三七〇〇円×(一-〇・三)×一八・二九二(二三年のライプニッツ係数)=五九三万七四〇〇円

(2) 慰謝料(請求額 一八〇〇万円)

(二) 原告久男の固有の損害

(1) 葬儀費用(請求額 二九六万二二六四円)

(2) 固有の慰謝料(請求額 二〇〇万円)

(三) 原告稔、同礼子、同大貫の損害

固有の慰謝料(請求額 各一〇〇万円、合計三〇〇万円)

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件事故の態様と成田及び勝美の過失割合)

1  本件事故の態様について

甲一五、乙一から三、証人成田純子の証言、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、別紙交通現場見取図(以下「別紙図面」という。)のとおり、宇田川方面(東方向)と佐久山方面(西方向)とを結ぶ片側一車線の歩道の設置されていない本件道路と、本件交差点から実取方面(南方向)に分岐する道路(以下「本件交差道路」という。)とが交差する、交通整理の行われていないT字路交差点である。

宇田川方面から本件交差点までの本件道路の幅員は五・六メートル(片側車線の幅員二・八メートル)、本件交差道路の幅員は二・五メートルであり、本件交差点の南西側は畑地が広がっているが、南東側は民家のブロック塀で仕切られており、かつ、本件交差道路に沿って高い竹林が繁っている。

本件道路は時速六〇キロの速度制限の規制のある優先道路であるから、本件交差道路から本件交差点に進入しようとする車両の運転手は本件道路を通行する車両等の進行を妨げてはならないが、その運転手にとって、左方である佐久山方面の本件道路上の交通状況は、前示の畑地のため視界を妨げるものもなく容易に視認することができるのに対し、右方である宇田川方面の交通状況は、本件交差点角の前示ブロック塀と竹林のために視界が妨げられているため、本件交差点進入直前の位置に至らなければ視認することは困難である。

また、本件交差点の東側(宇田川方面)の本件道路は北側の雑木林と南側の前示ブロック塀及び前示竹林のため、昼間でも日陰のためやや暗い印象がある(乙二の<1>、<4>、<5>の写真)。

(二) 本件事故後の実況見分によれば、被告車は幅一・七九メートルであり、左前部の前照灯付近から上部にかけての左前部バンパーに顕著な凹損が認められるのに対し、原告車には特に損傷は認められていない。

また、本件事故当時は晴れており、路面は乾燥していた。

(三) 成田は、被告車を運転して本件道路を宇田川方面から佐久山方面に向かって時速約四〇キロで走行し、本件交差点に差しかかった。その際、右前方の本件交差道路方面を映し出す本件交差点北側に設置されたカーブミラー(乙二の<5>、<14>の写真)は、南から太陽光が反射していたために本件交差道路の交通状況を明確に視認することはできなかった。そして、そのまま進行し、別紙図面<2>に至った地点で本件交差点に進入してくる原告車を<ア>の地点で発見し、クラクションを鳴らす間もなく、とっさに衝突を避けようと右ハンドルを切りながら急ブレーキをかけたものの、<×>の地点で被告車の左前部に衝突するに至り、衝突の衝撃によって、勝美は自転車とともに<イ>の地点まではねとばされた。

本件事故は、原告車が本件交差点に進入した直後に発生したものである。

(四) 本件事故の発生状況を認定する証拠資料としては、本件事故後の被告車の損傷状況と路面状況といった客観的な証拠以外には、目撃証人もなく、本件事故の一方当事者である成田の供述証拠に依拠せざるを得ないが、同人の証言は、例えば、被告が主張する勝美の片手運転に関する質問に対してはわからないとのみ証言したり、衝突時の原告車の位置がセンターラインに達していたか否かとの質問についても沈黙したりするなど、ことさら被告に有利な証言をしようとする姿勢は全くうかがえず、右のような成田のあいまいな対応は、当法廷で事実を証言しようとする真摯な証言態度の顕れと解され、その証言が前示客観的な証拠にも符合していることも併せると、その証言内容は十分に信用することができ、前項のような事故状況を認定することができるというべきである。

これに対し、原告らが主張する前記の事故状況については、これを裏付ける証拠は全くなく(原告らの主張するように、原告車の前輪部が被告車の右前部に衝突したとすれば、被告車の右前部に警察官が実況見分結果として何らかの言及をすべき損傷があったはずであるがその旨の記載はない。また、そのような衝突態様であれば、被告車の走行速度からして、原告車中央の座席部分に乗車していた勝美が、原告車の前輪部衝突後に被告車の左前部にスライドして同部に衝突するとは考え難く、原告車前輪部が衝突するのとほぼ同時くらいに被告車前部中央付近に衝突すると考えるのが自然である。しかし、現実には、被告車の前部中央付近には衝突の痕跡は全くなく、左前部に勝美が衝突したと認められる大きな凹損が残存するのみである。)、採用することはできない。

(五) 以上の事実によれば、本件事故は、優先道路と交差する本件交差点に進入するに当たり、右方の交通状況を十分に視認しないまま、又は、仮に視認していたとしても本件交差点進入直後に被告車と衝突するに至るという安全性に関する重大な判断上の誤りを犯して本件交差点に進入した勝美の走行態様が大きな要因となって発生したものと認められる。しかし、他方、優先道路を走行し、本件交差点を直進進行しようとする成田にとっては、本件交差点手前で左方(本件交差道路の交通状況)をカーブミラーで十分視認することができず、また、同方向の視界が妨げられ直接視認し得ない状況であったのであるから、道交法上の徐行義務(四二条一号)はないものの、減速したり、前照灯を点灯させて注意を促したり(前示のとおり、本件事故当時、本件交差点手前は日陰で暗かったと考えられ、それゆえ前照灯の使用は走行する車両の存在を知らせて警鐘を促す方法としては有効であり、かつ、本件事故現場の走行経験豊かな成田にとっては比較的容易な措置である。)することによって、本件事故を未然に回避することができたとも考えられるのであって、車両運転者に一般的に課せられている安全運転義務を十全に尽くしたとは必ずしもいい難い成田の運転態様にも、本件事故の発生に対する相当程度の注意義務違反を認められるものというべきである。

そして、勝美と成田の本件事故の発生に対する過失割合については、優先道路を速度規制を順守して走行する成田に過半の責任を問うことは酷ともいえることを考慮し、当裁判所は、両者の過失割合は五対五とするのが相当であると認める。

二  争点2(損害額の算定)

1  原告ら固有の損害

(一) 葬儀費用 一二〇万円

遅かれ早かれ人は死を迎えねばならず、葬儀費用が人の死に伴って避けられない支出であることからすると、本件で要した葬儀費用の全額を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできず、一二〇万円をもって相当と認める。

(二) 固有の慰謝料 合計 二五〇万円

勝美本人の死亡慰謝料とは別途、原告久男につき一〇〇万円、原告稔、同礼子、同大貫につき各五〇万円を相当と認める。

(三) 原告ら固有の損害の小計 三七〇万円

2  勝美の損害

(一) 治療関係費 三四万八三四〇円

当事者間に争いがない。

(二) 慰謝料 一七五〇万円

勝美の年齢や後述するとおり家庭内で重要な役割を担っていたこと、前示のとおり、別途親族の固有の慰謝料を考慮した点などをしんしやくした。

(三) 逸失利益

(1) 稼働による逸失利益

ア 基礎収入

勝美の年齢(六四歳)や家事労働を相当程度担う原告礼子の存在(甲一三)を考慮すると、基礎収入に女子の平均収入(全学歴全年齢平均収入)を用いることは相当ではない。しかし、勝美が操の介護を担う中心的な存在であったことを考慮すると、当該年齢相当の女子の平均賃金(平成一〇年は二八八万八四〇〇円である。)を用いるのが相当である。

原告らは、勝美が操の介護を担当していたことを理由に五四七万四五〇〇円(在宅看護・介護・ホームヘルパー、ベビーシッターの二四時間泊込み勤務の賃金一万二〇四〇円、徹夜手当二九六〇円の合計一万五〇〇〇円に三六五を乗じた金額。甲一四)を基礎収入とすべきである旨主張するが、これは職業的に看護・介護を行う者が年中無休、徹夜で二四時間勤務した場合の賃金相当額であり、そのような金額を基礎収入とすること自体不合理極まりないばかりか、そもそも、勝美がそのような高額な収入を得られることを裏付けるに足りる証拠はなく、原告らの主張は到底採用することはできない。

イ 生活費控除率

三〇パーセントを控除するのが相当である。

(2) 年金の逸失利益

ア 基礎収入

甲五によれば、四六万三七〇〇円であることが認められる。

イ 生活費控除率

年金が老後の生活維持のための費用として位置づけられること、右年金額が極めて低額であることを考慮すると、その相当部分が勝美の生存のために費消されると考えられる。他方、年金の逸失利益性の観点からすると、生活費控除率を一〇〇パーセントとすることも相当ではなく、生活費控除率としては、八〇パーセントをもって相当と認める。

(3) 各逸失利益の合計額の最大値 二三〇七万七七八一円

原告らは、中間利息控除率について、前記のとおり、年二パーセントのライプニッツ係数として、稼働による逸失利益の算定においては一〇・五七五、年金の逸失利益の算定においては一八・二九二をそれぞれ用いるべき旨主張しており、以上によれば、認定されるべき勝美の逸失利益は、以下のとおり、合計二三〇七万七七八二円を超えない金額であることは明らかである。

二八八万八四〇〇円×(一-〇・三)×一〇・五七五+四六万三七〇〇円×(一-〇・八)×一八・二九二=二一三八万一三八一円+一六九万六四〇〇円(一六九万六四〇〇・〇八円だが、一円未満は切り捨て)=二三〇七万七七八一円

三  結論

以上によれば、当裁判所によって認定されるべき、原告らの過失相殺前の損害額の合計額(原告ら固有の損害及び勝美の損害の合計額)は四四六二万六一二二円を超えない金額となるが、前示のとおり、これに五〇パーセントの過失相殺をすると、原告らの損害合計額は二二三一万三〇六一円を超えないことになる。そして、前示争いのない事実によれば、既に自賠責保険金二三六三万〇二九〇円が給付されているのであるから、逸失利益の算定に当たって用いるべき中間利息控除率について判断するまでもなく、原告らが右自賠責保険金の他に被告から賠償を受けるべき損害額は存在しないことになるから、原告らの請求には理由がないことは明らかである(自賠責保険は被保険者の法的責任をてん補する責任保険であり、被告が賠償責任を負う金額を超えて受領している給付分(前示認定事実によれば、中間利息控除率につき原告らの主張に係る年二分複利で算定したとしても、少なくとも一三一万七二二九円となるし、中間利息控除率を当裁判所が相当と考える年五分複利で算定すると、これをさらに上回る金額となる。)については、原告らは、最終的には、被告車の自賠責保険会社に対し、不当利得として返還しなければならない。)。

(裁判官 渡邉和義)

事故現場見取図

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